平らかなる共病記_アラフォー満喫中

胸腺がんと向き合う30代後半の日々

いざ!抗がん剤_命_入院13日目

9月26日☀

【今日の体調(;´∀`)】

木曜日から続いてる熱は今日も下がってません。(・。・;Whay? 朝は36.8で下がったと思いきや昼には37.5…何なんでしょう?副作用?体力が落ちてるから?でも不思議なことに体を動かすのが億劫になるかというとそこまでのものではない…。患者が考えてもしゃーないので、とりあえずベッド生活です。

 

【今日の考え事(ノ´∀`*)】

なが〜い入院生活。ジカンだけはたっぷりあります。抗がん剤の副作用で痛いときや苦しいときだって「痛い・苦しい」ばかり考えてなくて、別のことも考えてます。

最近だと大阪都構想のこととか、SNSの書き込み問題とか、山口達也さんの報道に絡むこととか考えてたりしてます。スマホでネットみてたらそんなんばっかり目についちゃうからです。その考え意見に異議あり!ってね。

 

ツイッターでつぶやいたり、ヤフーのコメントに書き込んだりってのは趣味じゃない…不平不満の塊のようなものを吐き出す。僕からしたら醜い言葉がてんこ盛りです。もっと優しい言葉遣いはできないものか…皆が皆そんな言葉を吐き出しるわけじゃないですが、それを見る人も大勢いるわけでして…吐き出して、反応して、さらに吐き出して…健全じゃないなぁ。


そんな話はまた今度にしまして…

 

今日の本題は命。

『がん』と診断されて命について考えない人はいないでしょう。僕も考えました。


自分が後どれぐらい生きられるのか…寿命・余命・天命…言い方は色々ありますが気になります。凄く気になります。


『胸腺がんステージⅣ』の場合5年〜10年生存率は50%以下。20万人に1人程度という珍しい『がん』とはいえ世界を見渡せばそれなりに統計的には信用できる数字なのでしょう。

 

がんが発見された時点をスタートとするのかどうかはわかりませんが、半数以上が今後10年以内に亡くなる可能性が高いということです。

 

そら『死』を今まで以上に身近に感じますよ。

命はよく「ろうそく」に例えられたりしますが、長さを意識してなかったのに、ぱっとろうそくをみたら思った以上に短く見えるなって感じです。

 

でもね、怖いかっていうと、僕の場合は今のところそうではない。自分でも不思議なんです。

尿路にあるステント(管)やら術後の神経痛やら抗がん剤の副作用やら、満足に動けないのは困りもんですが、頭はスッキリしてる。

自分の考えはしっかりあって、自分はココにいるっての自分で1番わかってるからかもしれない。書いててもっともな答えが閃きましたが、ちょっぴり恥ずかしいのでまた今度書くことにします。

 

 

自分の命があとどれぐらい続くかはわかりせん。お医者さんらも完治を目指すとは言わはりません。これまでの生活を「長い間」送れるような治療を行っていきます。というように言ってはります。


「長い間」っての具体的にどれだけのジカンになるのかは僕の体しだいってことです。ま、無理せず頑張りましょうというとこですね。


ところで、子供のころに見た将来像って覚えてますか?僕は割と覚えてます。

子供のころ、将来の夢でスポーツ選手とか言ったり、発明家とか小学校の卒業文集に書いたりしてました。どんな大人になって、どんな風に歳を重ねて、どんな風に死んでいくのか…そんなことまでは考えたことはなかったですが、34歳で『がん』になるなんて1ミリも考えてなかったです。

父親が結婚した年齢までに結婚してとかも考えてましたが、気づけばその年齢に…結婚して子供ができてってのは、いつの間にか考えなくなりましたが(笑)父ちゃん母ちゃんごめんなさいm(_ _;)m

老後はそうだな〜、大学生ぐらいのときには安楽椅子に揺られながら本でも読みつつ、そばに伏せてる大型犬と暮らしてる姿を想像してましたね。たまには昔なじみの友達が遊びにくるか、遊びに行くかで、のーんびり毎日過ごすってのが自分のみたビジョンでした。


『がん』と言われて、今、老後のことをイメージできるかって言われたら…ダメですね。まったく映像が浮かんでこない。どーなるんでしょうね?自分の体に聞くしかないんですけど、なーんか機嫌を損ねてるみたいで…自分は変わってる方の人間だって自覚はあるんですが、体も変ってたってことですかね。珍しいがんを作るとは変わりモノに間違いありません。


まぁそんな変わりモノ同士、今後は仲良くしていこーよってのが結論か!そうですね。それがいい。考えながら書いてたら結論が出てしまいまいました。

災害、事件、事故、病気…突然に命が失われることなんて残念ながら世の中には一杯です。それに比べて『がん』がわかったところで、明日明後日に死ぬわけではないし、医療発展は凄まじいものがありますから、いつか『がん』を克服できる時がくるかもしれない。


そんなことをうだうだ考えて過ごした一日でした。